2009年11月11日 (水)

鮨 なかむら

おいしかった。

かますのあぶったやつ
やわらかく厚みがあってうまい。
蒸しアワビ、やわらかくあたたかくてうまい。
こだい、むしろ大きくてうまい。
たい、赤酢飯とあってこれがうまい。
平目のえんがわ、歯ごたえのある食感、うまい。
くるまえび、積極的に好きではないんだが
ここのはうまい。
中トロ、こはだはいわずもがな。

食通のブログとか読むと
握りがいまいち、とかじぶんの好みに合わない、とか書いている。
これだけうまいものが出されていてなお文句があることが
信じられない。
もちろん批評はあってしかるべきでそれがお店の味を
さらに発展させるのだろうが、
これが文句をつける味だとは到底思えない。
自分のお寿司やリストに入りました。
西麻布に近い六本木のちょいはずれ、という場所もグッド。

主人の控えめなキャラクターも自分好み。
元気良くて自信満々な店主より好きです。
押しつけがましくなくて。
落ち着いて食べれるし。
主人にお追従しなくていいし。
俺は応援するぞ。

基本お任せですが、カウンターの向こうで○○ちょうだいという声が聞こえたから
馴染みの客にはお好みにも対応するようだ。
それでいいと思う。
一見と馴染みに差があって当然だ。

日本酒も純米を中心に種類が豊富だった。
焼酎も日本酒以上にたくさんあったが
鮨に焼酎は合うのだろうか?自分はそもそも焼酎を飲まないので
よくわからない。
生ビール(プレモル)2杯の後、黒龍(福井の酒)に
いって最後は白ワイン。これが鮨に合ったんですね〜。
次は最初からワインにしてみようかと思う。
ワインセラーがちゃんとあったので
お店も自信があるのではないか。

しかしこれで不満なひとがいるのだから
東京とはよくぞ舌の肥えた街なのだ。
美食家は幸せか不幸なのかわからんね。
俺は普通の舌でよかったよ。
ああ難有い〜

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2009年10月 8日 (木)

「イスタンブール」オルハン・パムク著

昔から翻訳ものは苦手だった。日本語のリズムになっていない文章が大半で読むたびにつかえてしまう。学生の頃P.K.ディックの著作がブームになってハヤカワや今はなくなってしまったサンリオSF文庫から続々と翻訳物が出始めたことがあった。一挙に多くの作品を出版したため手が足りなかったのだろう、プロとはいえない人にも翻訳させて粗製濫造であった。拙い訳で申し訳ない、ところどころ間違っているかもしれないから予め謝っておく、なんて翻訳者あとがきに書いてあった日には金返せ、とあきれたものだ。これは極端にひどいケースだが、総じて翻訳ものは読みづらい。そんな中で最近は柴田元幸氏や村上春樹氏などすぐれた翻訳家が登場し最近ようやく読めるようになってきた。

しかし!久しぶりに巡り会いました迷訳本。これはなかなか手強い。
本の題名はオルハン・パムクの「イスタンブール」。
トルコのノーベル賞作家による少年期の家族と故郷の思い出をノスタルジーあふれる文章で書いた作品である(と思う)。小説ともエッセイとも言える。
とにかく読めない。うっちゃるのも悔しくどうしたもんかと悩んだ挙げ句、ここに私が作品の中から特に困難と感じる文章を書き出したいと思う。
このブログを一体何人のひとが目にとめるかしれないが共感してくれれば幸いだ。そんな目的を持てばなんとか読み進むことが出来る気がする。でもこれって法に触れるのか?出典を銘記すれば大丈夫なのか?

「イスタンブール」24ページ
兄に算数の問題を尋ねている叔父を見ているときに、同時に彼の三十年前の写真を見たり、あるいは父が新聞のページをめくりながら、部屋の中にいる大勢の人たちの談笑にも耳を傾けているのをその顔に浮かぶ微笑から推察しながら父を見ているときに、同時に父がわたしと同じ五歳で、女の子のように長い髪をしている写真を見ることは、人生とは、額縁の中に入れられる特別な瞬間を生きるために、わたしたちに与えられた機会なのだという印象を引き起こした。(文章続く)

どうですか、書いてあることわかりますか?書き出したらわかるかなと思った自分があさはかだった。オルハン・パムク自身が迷宮的な長い文章を書く人だとしても、この訳文はひどい。さらに文末の「・・・という印象を引き起こした」という日本語は元来はない。翻訳として現れた日本語です。誰もこんな日本語を使わない。英語でいえば関係代名詞が含まれたIT〜that〜の構文ではないかと思うのだがこんな訳文はうまく和訳できない中高生が苦し紛れに書くようなものだ。
もうひとつ、

「イスタンブール」26ページ
母が時々わたしたちを母方の「お祖母様」の家につれて行ったとき、幽霊でいっぱいのシシリにある家の部屋で、兄と一緒に遊んで時間をつぶしていたとき、母が、父の事業がうまくいっていないことを母親に話すと、母方の祖母も彼女に落ち着くようにと忠告し、母がそこに戻ってくる可能性に対して、ひとりで住んでいる埃だらけ三階建ての家が決して魅力的な場所ではないことをわたしたちは感じさせるのだった。

下線は自分が引きました。それ以外は、訳文通りです。
写し間違いしていません。てにをは、もそのまま。
こうなると難解な迷訳どころではなくあきらかに日本語として間違っています。
「・・・・行ったとき」と「・・・つぶしていたとき」はそれぞれの「時」がある並列ではなく、文脈からすれば、お祖母さんの家につれてってもらった「大過去」における、その部屋で時間をつぶしていたときという「小過去」の話でしょうが、こんな文章書きません。さらに文末は意味不明。恐らく「わたしたち」でなく「わたしたち」だと思う。これはもしかしたら印刷ミスかもしれませんが。
 にしてもひどい文です。訳者は現在トルコの大学に勤務している日本人教師だという。このひとはトルコ人に何を教えているのだろう?ちょっと恐い。さらにオルハン・パムクの他の著書「雪」「父のトランク」などもこの人の手により翻訳されている。
オルハン・パムクが気の毒である。

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2009年10月 1日 (木)

「疵〜花形敬とその時代」本田靖春

庶民の戦後史としても面白い本だった。
まだヤクザが裏社会に潜る前の時代の話。
戦後の混乱の中を一般人とヤクザは混ざり合って生きていた。
その差は紙一重でしかなかった。

花形敬は千歳中(旧十二中)時代から瞬く間に番長としての頭角を
あらわし近隣の不良の中で花形の名を知らないものはなかった。
同じ中学の二年後輩である著者本田靖春は花形と直接の面識はない。
しかし戦後の混乱期、昨日まで軍国を賛美していたはすが急に民主主義を唱え始めた教師たちを目の前にして、少年たちは食糧に飢え、生きることに必死であった。価値観が大きく転換し正義と暴力が混在する中で、やくざの世界に身をおいた花形とジャーナリズムに飛び込んだ本田との間に差はないと本田は考える。その分けた差はほんのちょっとの違いだけなのだ。
タイミング、だったのかもしれない。

花形は堅気の道に戻ることなく盛り場を己の腕力を頼りに徘徊しやがて安藤組組長安藤昇の片腕となる。渋谷を縄張りとする安藤組は覚醒剤で商売はしないと決めていたからか、陰惨な雰囲気からは遠い。
もちろん実際には覚醒剤に手を出していた組員もいたし実態は暴力を背景にした非合法集団であることには変わりない。
しかしどこか爽やかさを漂わせる花形の姿は安藤組にいるべくしていた感がある。

花形は無茶苦茶喧嘩が強かった。その強さは東京のヤクザ界で伝説として語り継がれている。力道山でさえ彼との対決は避けたという。拳銃は決して使わず頼るのは己の拳だけであった。しかし花形は生き残るにはあまりに強すぎた。
ヤクザの世界で出世するには臆病であらねばならなかったのだ。
インテリヤクザと呼ばれた安藤組は横井英樹襲撃事件をきっかけに警察の手入れを受け急速に力を失いやがて解散する。己の腕一本で生きようとした(それ以外に他人を利用するなどの術をしらなかった)花形は脇腹を刺されてあっけなく死ぬ。

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2009年8月27日 (木)

翔ぶが如く(十)

やっと読了。長い小説だった。
司馬遼太郎の作品の中では現代に近い話である故に新聞連載当時は
関係者の親族の記憶もまだ生々しく、フィクションを交えづらかったのかもしれないが、「・・・・に違いない」「・・・・・かもしれない」など、この小説において不確かな史実についてはあくまで憶測の域を出ない表現に徹している。それは歴史の可能性を提示したかったのか、あまりに現代に近すぎるために断定を避けたのか、それはわからないが、小説にいい効果はもたらしていない。
「・・・・したかもしれない」では歴史小説は面白くない。そこが大久保の暗さと相まって全体的にもやもやとした空気で覆われた小説となっている。しかしその最大の原因はやはり(この小説における)西郷隆盛の魅力のなさにある。
この小説において西郷は苦悩しない。いや苦悩したのであろうがその記録がないために著者はそれを表現しない。西郷の実際の言行記録はあまりに少ない。西南戦争中も陣頭指揮をとることなく、まるで象徴天皇であるかのように人目につかないよう桐野たちによって隠されていたらしい。西郷は落馬によって廃人同様になったという伝承も頷けてしまうし、戦争時には実在しなかったのでないかとさえ思えてしまうのだ。
残念ながら「燃えよ剣」や「竜馬がゆく」のような胸躍る表現や登場人物が存在せず読書にターボがかからない。「坂の上の雲」のような希望も見出すない。これから明治という暗い官僚国家へと日本が進んでいくことを予見させる。

 征韓論はいかに贔屓目に見ても暴論である。その主唱者を主人公として描かなければならない苦しさ。その苦しみを著者は桐野利秋にぶつけている。物語冒頭からこの西南戦争は桐野を始めとした私学校の暴発がそもそもの発端としているが、著者の桐野への評価は敗戦に向かうに従って厳しくなる。桐野は眼前の敵にしか対すべき才能がないという、まるで野良犬でしかないような描写である。

 この長編小説は西郷が首魁となる西南戦争の展開とそれを鎮圧しようとする大久保利通の明治維新政府の成立背景の二つの柱からなる。未熟な政府をそれこそ懸命に成立し維持させようとする大久保の奮闘と苦悩が描かれる。しかし彼が創り出した官僚政府はとことん陰鬱である。そしてそのなんともいえない不透明な暗さは山縣有朋を経て昭和初期の政府へと綿々と受け継がれていくのである。

そうなのだ、これは小説なのかノンフィクションなのか、そのトーン設定が曖昧なまま展開されてしまったように私には思える。そして愚鈍な西郷隆盛に陰気な大久保利通、主人公がこれではね。
司馬先生ごめんなさい。

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2009年8月24日 (月)

さん喬・権太楼特選集 楽日

三日目に続いてまた行ってしまった。

権太楼
「猫の災難」
安心して笑かしてもらう。権太楼師匠の噺は笑いが保証されてるからね。

さん喬
「妾馬」
いつのまにか目から汗がでてきた。
大家から借りた紋付き袴姿を母親に見せてこれから行ってくっから、というところで、
ちょっと目に汗がにじみ始める。あれれ?今日の俺はどうかしてる。
八五郎と三太夫のかみ合わないやり取り、優しくみつめる殿様、お鶴に八五郎が最後かけることば
「おごるんじゃない、可愛がってもらえ」あれ、だめだ、汗がこぼれてくる。
ハンカチを取り出し目にあてる。

いいよー、最高だよー。
妾馬、ひどいタイトルだね。落語の世界でしかこんな差別用語はお目にかかれません。
だからいいんです。
時代が違えば八五郎、三太夫、殿様はいい友達になったのではないか、
そんな思いがさん喬師匠から伝わってくる落語でした。

ちなみに席が前から7列目のど真ん中。前に座ってる人が割と姿勢がいい人で、
ほとんど見えなかった。
2009年8月20日 上野 鈴本

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2009年8月20日 (木)

志の輔らくご「牡丹灯籠」

すごいなあ、志の輔の話は。
生できくのは初めて。公演前はそれが「牡丹灯篭」というのもなんかなあ、志の輔初体験はもっと笑える話がいいなあ、と思ってたけど大間違いでした。すばらしい。

冒頭暗闇から舞台が明るくなると下手の縁台に浴衣姿の志の輔が座っています。
「こんにちは」そこから舞台中央に歩いてくる。なんか粋な登場だな。
まず前半、牡丹灯籠創作の背景が志の輔から解説されます。圓朝作であること、怪談話と自分も思っていたが全然違ったこと、そして登場人物紹介とのその相関関係が降りてきたボードを使って物語前段のあらすじとともに説明される。そこまでで約50分。でも志の輔ですから解説も当然面白い。
「ここ、ちゃんと覚えておくように」
そんなキーポイントを踏まえ15分の中入り後、1時間40分休みなく語られました。すごいよ、話にひきこまれて全然飽きないんだもん。
舞台には志の輔たったひとりしかいないんですよ、当たり前だけど。
話自体は因縁と復讐と愛憎と強欲がめぐる大ドラマです。まるで「赤いシリーズ」のよう。笑いもあります。キャラ付けは恐らくかなり志の輔流にアレンジされていると思いますが、それもばっちりはまっています(特にあの医者ね)。
明治初期テレビもラジオもありません。この話を圓朝は20日間かけて語ったそうです。つまり連続ドラマを見てる感じ。客も次が気になって毎日通います。無茶苦茶面白い新聞小説を読まされてる感覚の方が近いか。

無駄なエピソードがない。キャラクターが満遍なくきれいに使いきられ、余分なところがない。チェーホフ曰く「劇中に登場したピストルは発射されなければならない(だったっけ?みたいな)」の言葉どおり登場する小道具はすべて使用され重要なモチーフとなる。洋の東西問わず面白いプロットは普遍なり。チェーホフ(1860−1904)、圓朝(1839−1900)。ほぼ同時代の人なり。現代の感覚からすればあまりに偶然が重なりすぎな感もありますが、だからこそのエンターテインメントであり庶民も魅了されたのでしょう。

アレンジは違えど100年前の日本人と同じように愉しませてくれる志の輔の芸、そして原作者圓朝の普遍性。下北沢にて時空を超えたエンタメを見事に堪能させていただきました。4000円也。大満足。2009年8月19日 下北沢 本多劇場

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2009年8月18日 (火)

ラジオにいらつく

ちょっと前の話。
その日は河口湖方面でゴルフ。中央道を避け、御殿場からのルートにしようと、
横横から町田ICに乗り東名をひたすら下る。
 いつも聞いているラジオ局の周波が届かなくなってきたので仕方なく別の局へチューニングする。聞こえてきたのは、土曜の朝まさにゴルフ場へ向かうゴルファー・ドライバーのためのゴルフをメインにした番組。
話題はその時開かれていた全英オープンが中心で司会の男曰く
「僕はイギリス行ったことないんだけどさ・・・」
オイ、イギリス行ったことない奴がゴルフをテーマにした番組のメインパーソナリティやるなよ!まあでもまだいい、そんな奴もいるだろう、イギリス行ったことないからといってゴルフ番組の司会をしてはいけない、とは言い切れない。当然行ったことがないのでどうしても聞き話が中心になる。
「友達のイギリス人に聞いたのよ、なにがおいしいの、って。そしたらインド料理なんだって!。」相手方の女「え〜、どうして〜、おもしろい〜!」
あのねえ、イギリスでインド料理がおいしいのは常識です。インド人がいっぱい住んでいます(多分そんなことも知らんのだろう)。なぜなら昔インドはイギリスの植民地だったからです。相手の女のリアクションは正確には忘れた。「変なの」とか「なんで〜」とかとにかく無知のリアクション。その後「実はね・・」というような蘊蓄話が男から展開されるのかと思ったが甘かった。
「ね、ね、不思議でしょ、インド料理が(英国では)おいしいだなんて」
「うん、フィッシュアンドチップスとか言うのかと思った」おお、その食べ物は知っているんだ。
「そう、でもその友達が言うにはイギリスではフィッシュアンドチップスなんて誰も食べないって」うそつけー!
嘘だ。そのイギリスの友人は嘘つきかもしくはその男との会話にはつきあいたくなかったか、あるいはフィッシュアンドチップスを憎んでいてこの世から消滅させたいのだ。自分はロンドンで仕事をしたときにイギリス人が昼にフィッシュアンドチップスを食べているのを何度もみたぞ。しかしこれだけでは終わらない。
「あんな高いもん食べないって。10ドル?ぐらいするらしいよ、いやドルじゃないか、ポンド、ちがう今ユーロか?」女がしょうもない助け船を出す。
「両方じゃない?」「そうか、両方か、そうかもね」
んなわけねえだろう、ポンドだよ!通貨は一国につき一つだよ。それとも何か?イギリスは国全体が空港の免税品売り場状態なんですか?イギリス(正式にはグレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国、自分は海外とのやり取りの時はUKと表記するけど)はEUには加盟しているけど通貨の統合は見送ったためユーロは使っていません。こんなのトリビアでもなんでもなくて普通にニュースを見てれば為替の情報ではいってくると思うけど。

 最初は聞き流しながら運転していたのだが、あまりにパーソナリティーというのだろうか進行役2人の会話のアホさ加減に嫌気がさしてラジオを消した。
戸張捷さんのような解説者だったらゴルフの話題にからませてイングランドの文化やリンクスの歴史なんかを語ってくれるんだろうけどね。この二人には望むべくもない。これからゴルフ場に向かう男たちに面倒な情報はいらないってか。ところでリンクスくらいは知ってるんだろうね、この男は。
ちなみにこの脳天気ゴルファーに親切な番組はインターFMではありません。

とある別のラジオでも、北欧に行きたいというリスナーからの電話にDJが「ヘルシンキ?どうやっていくのよ!乗り換えで何時間もかかるでしょ!」なんてフィンランド人やフィンランド航空の人が聞いたら泣いて怒るようなことを言っていた。直行便あるよ、週4日だけど。しかも所要時間9時間半とヨーロッパでは一番短いフライトなのに。そんな広告をうってるのだがPR不足なのか、情報不足なのか。

テレビと違って、ラジオは聞かれてないせいか、そのあたりのパーソナリティのレベルが低い。格段に。総体的に。
別にいいけどね。自分も抗議するでもなくこうしてブログに与太書いてるだけだから。ただしラジオの製作者自身がその程度と思って番組を作っているとしたら非常に悲しいことです。

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2009年8月14日 (金)

鈴本夏まつり さん喬・権太楼特選集 三夜目

満員の客席の中、
さん喬・権太楼と銘打った興業に参加する他の噺家というのは
どういう心持ちなのだろうか。やりにくいモノだろうか。
橘家圓太郎の「太閤記」面白かった。知らないのに知ったかぶりするのは落語の原点のひとつ。
佐龍「そこつ長屋」。
演る人によってかなり登場人物の描写や笑いどころに違いが大きくでる噺だな、これは。
橘家文左衛門の
威勢のいい「ちりとてちん」。この人にはしばらくこのスタイルでいってもらいたい。

さん喬「明烏」
内向きなひとをやるとほんとうまい、さん喬師匠は。
これも若旦那の堅物ぶりが演じるひとによってはずいぶん違うのだろう。
とても礼節の行き届いたマジメな若旦那でした。

権太楼
「不動坊」
この噺では湯屋のくだりが好きだ。「うめてやれー」。
今日は権太楼師匠まくらもなくいきなり噺にはいったので客席は最初呆気にとられた。初っぱなに前の話の「明烏」をすこしもじったら客席がわーっと受けたのでその後はいつもの師匠のペースに持って行った。まくらがなかったのは単純に時間が押していたからか?なんか機嫌でも悪かったのか?

立ち見のお客さんもいた。立ち見は二千円だそうだ。それだけだして最後に二人の話を聞くだけでもいいと思ったよ。

落語の後は「さくらい」→「琥珀」。頭もお腹も満足の一夜であった。

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2009年8月 6日 (木)

柳家三三 背伸びの十番

8月3日(月)横浜にぎわい座にて。

ゲストは柳家権太楼。
開口一番 柳亭市也の「転失気」に続いて
三三の「ろくろ首」。
これはたしか前に落語研究会で聞いたな。本人も得意としているのだろうか。
夏の落語にいい。このひとは若いのに大家や旦那など上目線での語りがうまい。声のトーンもいい。高座でも堂々としている。これって経験で上達するというよりも天性だと思う。

でお待たせ、権太楼師匠の「素人義太夫」。いやー笑った。
三三もうまいけど、客席の沸かせ方はやはり権太楼師匠の方が上。パワフルで客席もひっくり返る勢い。これじゃ三三もやりにくかろうと思いつつ、だからこその「背伸びの十番」か。権太楼師匠の爆笑落語は三三への叱咤激励です。
しかも師匠は昼間池袋にて小三治の代演でトリを務めてきた後のあの熱演だから、出し惜しみということがないんだね。素晴らしい。
権太楼師匠はまくらで三三のことをほめ、最近のいろいろある名跡襲名のこともずばっと批判した。客席は爆笑しつつ大拍手。こんなこと言える人はなかなかいない。落語協会常任理事であり自他共に実力者であることを認められているからこそです。

トリは三三の「三枚起請」。うまいね。権太楼師匠で爆笑した後、三三の落ち着いた噺もいいと感じる。
「三枚起請」をやる前にまくらでカラスについて触れるのはおきまりなのだが
ちょっと説明しすぎではと感じた。「三千世界〜」の都々逸まで説明してしまうとオチをすでにまくらで言ってるようなものになってはしまいか。そのあたりは難しいんだけどね。Dscnodai

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2009年7月10日 (金)

幻影の書 ポール・オースター

妻と二人の子供を飛行機事故で失うという悲しみに襲われた大学教授デイヴィッド・ジンマー。
ある夜テレビでサイレント・ムービーを見ているうちに事故以来初めて笑ったことに気づく。それはヘクター・マンという1920年代後半にサイレントコメディ映画分野でほんの一瞬だけ活躍した俳優兼監督によるものであった。それから憑かれたようにデヴィッドはヘクター・マンを調べ始める。ヘクターは12本の映画を遺してある時忽然と姿を消した。映画史においても長く忘れられた存在であった。デヴィッドは現存するヘクター・マンの映画をすべて見るために世界を回りやがて彼に関する本を出版する。
 ある日ヘクターの夫人と名乗る女性から、ヘクターは生きている、一度お目にかかりたい、という手紙がデヴィッドの元へ届く。当初は信じることができず、取り合わなかったデヴィッドであった。しかしアロマという女性の訪問をきっかけに彼女とヘクターに会うために旅に出る。道中アロマから聞かされたのは驚くべきヘクター失踪の真相であった。

ヘクター失踪に関しては当時様々な憶測がなされた。映画製作に行き詰まったのであろうというのがおおかたの見方だった。たしかに彼の資金的後援者であるシーモア・ハントは事業に失敗して自殺した。
しかしヘクターは独自に次回作への準備をすすめていて資金繰りに問題はなかった。
 その頃彼は映画誌記者であるブリジット・オファロンと恋仲になっていた。彼女は当然ヘクターが自分と結婚するものと信じていた。しかしヘクターは新作映画の出演女優ドローレス・セントジョンと恋に落ち、彼女との結婚を選択する。
 ドローレスを殺そうと彼女の部屋を訪ねたブリジットは逆に左目をドローレスに撃ち抜かれ絶命する。ブリジットのお腹の中にはヘクターとの子供がいた。ヘクターは子供を宿したままのブリジットを山中に埋め、映画界は勿論のこと、世間から姿を消す。
 そして現在の地に至るまでの驚くべきアメリカン・ジャーニーの軌跡がさらにアロマから語られる・・・・・
 デヴィッドはヘクターに邂逅する。彼は幻ではなく実在した。いくつかの言葉を交わし、また翌日深く話をしようと辞去したデヴィッドであったかその夜またしても思いがけない事態へと物語は展開していく。

これぞストーリー。大胆で驚くべき展開。にもかかわらず、それが荒唐無稽に感じないのは登場人物たちが作者によって深く造型されているからだ。すべての行動に理由がある。より現実化された不条理劇。
 このような面白い小説が日本の書店に並ぶまでアメリカでの出版から6年もかかっている。ああ!

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