「地の星 流転の海第二部」 宮本輝
故郷南宇和に帰った松坂熊吾は幼なじみと名乗る増田伊佐男から因縁をふっかけられる。
子供の頃に取った相撲で土俵下に熊吾から投げ飛ばされ以来びっこをひくようになったというのだ。40年たって何を言い出すのだ、この男は。不吉な印象を残して去る伊佐男。
訪問先で熊吾は妹の情夫、政夫が闘牛の勢子(行事のようなもの)を博打の借金の方に引き受けさせられたと聞く。しかも魚茂牛はどう猛なことで有名でこれまで何人もの勢子の命を殺めてきたという。政夫の身を案じて角突きの場に駆けつけると中田牛側には増田伊佐男がついている。裏があると感じた熊吾は魚茂牛のオーナー、茂十に闘牛をやめることを提案し、咄嗟の機転で牛を撃ち殺す。
この事件を機に熊吾と和田茂十は親交を深める。茂十は県会議員選挙に出馬するという。妾腹の子ながら茂十の篤い情と人物の懐の大きさに感銘した熊吾は選挙参謀として協力を申し出る。
そんな中、大阪時代に熊吾を裏切った井草の消息がわかる。結核を患い金沢で死にかけているという。しかもかつての熊吾の盟友、周栄文の恋人節子を愛人にしていたという。迷いながらも会いに行く熊吾。井草から謝っても済まないことはわかっている、ただ房江を殴るときの熊吾だけは嫌いだった、と告げられる。胸をつかれた熊吾はその夜妻の房江に長距離電話をかけ、おまえのことはもう殴らない、好きだと告げる。節子の娘麻衣子は妻ある男と不倫の関係にあった。金沢の料理屋の次男である秀之から、自分が愛する女は麻衣子だけであり妻には指一本触れていない、麻衣子の腹違いの兄が妻となる女の兄を刺したのでそれを穏便にすます条件で結婚を受け入れたのだと告げられる。ゆくゆくは秀之と麻衣子の破局を予想しながらふたりの京都での新たな生活の段取りを助ける熊吾。
宇和島に帰った熊吾は伊佐男の父が以前泥棒に入ったときに警官の猪吉によって逮捕されたことを恨みに思いその復讐を遂げるために御荘の家に潜んでいるということを近郷の者からきき親子二代の陰湿で凶悪な執念深さに戦慄を覚える。熊吾は思う。蛇とならざるをえないものは蛇を親として意外に生まれてこざるをえない。子は親を選べないのではなく子は親を選んでうまれてくるのだ、と。しかもその伊佐男親子の手伝いを妹タネの情夫、政夫がしているという。政夫に問いただす熊吾。そこで熊吾は政夫から、おじさん(熊吾)はいつも自分をばかあつかいする、みんなの前で叱りこづく。そんなおじさんがかなわないながらも嫌でありいつかこんな俺でも見かえしてやると思っていた、それができるのは伊佐男である、だから自分は伊佐男についたのだ、と。
思わぬ政夫の言葉に素直に頭をたれる熊吾であった。
ある日茂十の応援演説会で、房江と茂十ができているという噂を熊吾は耳にする。逆上し応援を放り出して家に帰り房江を顔がかわるほど殴りつける。冷静に調べれば全くのガセネタであることはわかったはずなのに。一時は別れを本気で思った房江であったが熊吾の深い愛情ゆえかいつしか怒りもおさまっていく。
伊佐男との因縁に決着をつけた熊吾は、四十を過ぎても美しい妻房江と晩年の子伸仁をつれて、再び事業をおこすために大阪に向かったのである。
戦後日本の復興を時代背景に一人の超人的な精神力をもつ快男爺松坂熊吾の生涯をえがく大河小説の第二弾。
面白いのだ。登場人物像が多彩でみな感情が豊かである。主人公熊吾は時に破壊的で専制君主のような暴君ぶりを発揮するが、愛情が豊かで正義感がある。
ストーリーも冒頭の牛殺しから始まるところなどはハリウッド映画を思わせるような導入で一気に読むものを引き込んでいく。そして伊佐男との決着までが起伏あり逆転ありで物語の面白さを最後まで堪能できる。
宮本輝の小説はもっと熱狂的な支持を受けてもいいはずだが、どことなく地味な印象をうけるのは格調の高さか、装幀のせいか。
いずれにせよ傑作。読むべし。
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