グラン・トリノ
、有楽町で観る。公開から1ヶ月が立つが平日にもかかわらず客席は5割以上埋まっている。中年以上の観客が目立つ。口コミの影響だろう。いい映画はたとえ宣伝費を掛けなくても人がはいる(もちろんこの映画は通常並に宣伝量をかけただろうが)。
すばらしい。
今でもこの映画のシーンを思い浮かべると涙があふれてくる。
脚本がよくできている。完璧だ。
頑固一徹な老人が近所に引っ越してきた移民と交流していく中で徐々に彼らと心が通じ始める。
移民の少年は老人から男としてのあり方を学び、老人にとっては少年を訓練することによって再び自分の人生に活力が戻ってくる。老人は少年にとって父であり師でありヒーローであった。
少年を大人へと成長させるその訓練はまるでロバート・B・パーカーの「初秋」や映画「カラテ・キッド」を彷彿させる。しかしそこはクリント・イーストウッドである。ハートウオーミングでは終わらない。彼には怒りと暴力と血がつきまとう。しかしそれだからこそ物語はリアルなのだ。
とにかく脚本は教科書のようにすばらしい。たいがいそのようなホンは出来すぎでかえって臭い映画になってしまうものだが、クリント・イーストウッドであるが故に気にならない。ダイアローグもいい。まるで落語である。人情話と言えなくもない。でもそれだけでは終わらない、お手本のような脚本。
有名俳優はクリント・イーストウッド以外いない。しかも主要キャストは米国社会に住む少数民族。それでも話が面白ければ、お客は映画を観に来る。
ウォルト老人は妻を亡くし一人で暮らしている。独立していった子供たちとは心は通わない。口から出ることばは怒りか皮肉。若いときに朝鮮戦争で朝鮮人を殺した記憶が頭から離れない。
近隣はスラム化が進み裕福な白人たちは街を出て行った。代わりに移住してきたのが低所得者だが最近勢力を伸ばしているアジア人たちである。気がつくと周りはアジア人だらけとなっている。苦々しい思いのするウォルト。
ある晩、隣のタオ少年が不良グループからの命令で彼の大事にしている名車グラン・トリノを盗もうとして見つかってしまう。失敗したタオを不良たちは再び無理矢理グループに入れようとする。彼らを銃で脅し追い払うウォルト。ウォルトは近隣のアジア人から感謝される。
タオ少年は窃盗の償いと不良を撃退してくれた謝意としてウォルトの手伝いを
始める。当初は拒否したウォルトだがやがて少年の面倒を見始める。ウォルトとモン族の一家に温かな交流が生まれる。しかし一方で不良たちはおとなしくなったわけではなかった。彼らとの抗争に決着をつけるためにウォルトが取った選択とは・・・。
この映画には様々な人種が登場する。アジアの少数民族モンを始め、主人公ウォルトはポーランド系アメリカ人であり、なじみの床屋はイタリア系、建設現場の監督はアイリッシュそして黒人、ラティーノ、・・・米国は白人と黒人だけの国ではないことが浮き彫りにされる。
主人公の心の傷、信ずるところ、それらがすべてラストへと集約されていく。
早くも今年ベスト5には入る一本。私はまったく主人公ウォルトに共感してしまったのだ。まるで自分の将来の姿(ヒーローではなく孤独な老人として)を見るようだ。だからこそ彼のような見事な生き様を送りたいと思う。
この映画は米国の現実を生と死という普遍性の中で表現した見事な作品である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)





最近のコメント